中学パンサーズが関西中学リーグ優勝!
六甲中学に勝利し、5戦全勝!

立命館宇治中学一期生としての確かな歩み

2005年11月13日(日)12時半キックオフで六甲学院中学グラウンドで阪神地区関西中学アメリカンフットボール秋季リーグ戦が行われ、立命館宇治中学は六甲学院中学と対戦し12対0で勝利しました。これにより、甲子園ボウルの中学招待試合への出場権を獲得です。

試合は第一Qから荒れ模様。立命館オフェンスは六甲ディフェンスに阻まれ前進できない状態が第3Qまで続きました。攻めているはずなのに押されてどんどん後ろに下がる状態が続き苦しみます。一方ディフェンスは相手側パスをインターセプトしたり、ファンブルをリカバーするなど好守が光り、幾度も相手にゴール前まで進められましたが、ピンチを脱出します。転機は第4クォータ中盤でロングパスが通ったのを切っ掛けにランプレーでタッチダウンを奪い得点の均衡が崩れると、すぐまた得点が重なりました。最後の最後まで六甲オフェンスは闘志あふれるプレーでゴール前まで進みましたが、時間が尽き試合終了となりました。

Team
1Q
2Q
3Q
4Q
Total
立命館宇治
0
0
0
12
12
六甲学院中
0
0
0
0
0

立命館宇治中学一期生としての誇り

2003年に立命館宇治中学が創立。入学したての新入生の男の子を教室に集め、簡単なパンフレットを配ってアメフトの競技を説明し、一緒に日本一になろうよと声をかけたのが4月11日。あのとき、殆どの生徒は何となく座っていた。(アメフトやりたいと言明していたのは井澤だけだったんじゃないだろうか。)アメフトなんか見たことも無いし、どんな競技かも分からない状態。さらにはスポーツなんて正面から取り組んだことがない生徒もいた。「日本一」とは言ってみたものの、練習を始めてみるとなかなか大変。練習に来ない生徒が出てきたり、とてもとても、チームにするには気が遠くなるような状態だった。はじめは、当時大学生だった押淵監督の指示を受け入れるのに精一杯の状態だった。押淵監督とは、いつかは中学と大学で立命館の大応援団をバックに甲子園でプレーできたらと夢を語り合った。でも次第に生徒たちの中には自分たちのチームとしての意識が目覚め、負けた悔しさをバネにして、早朝練習をしたり、自分たちでミーティングができるようにまでなった。三年生の誰かが自分たちが一期生として何かを残したい。大きな仕事をやり遂げたいのだと言ったと聞く。2003年4月11日。あの時、あの教室に居た誰がこの感激を予想できただろうか。可能性は予想を遥かに上回っていたのだ。「やればできる」なんて言葉は生ぬるい。若者の可能性はそんな言葉で表現しきれないと今日あらためて実感させられた。(に)

>>立命館宇治中学パンサーズ 部長:竹内康 監督:押淵毅

2003年4月創部。当時部員13人。大学パンサーズからヘルメットをプレゼントしてもらいうれしかった。
2003年10月25日にはじめて京都ベアーズと練習。中学生のチームと対戦するも相手にならず。
2004年3月27日長浜南中学と合同練習。ボロボロ。アメフトの難しさを痛感した。
2004年5月15日ふたたび京都ベアーズと練習。このときはじめてファーストダウンを獲得 。
2004年7月18日ふたたび長浜南中学と。 これが初めての練習試合。0-52の大敗北。
2004年10月17日長浜西中学と練習試合。相手が同学年での初試合。はじめての勝利。
2004年11月3日大阪ベンガルズと合同練習。強くて全然止められなかった。
2004年11月21日同志社国際中学と合同練習。 近い仲間との交流が新鮮だった。
2005年4月29日公式戦初出場。長浜西と対戦して勝利。
2005年6月11日中学選手権準決勝で関学に敗れる。