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2017年01月17日

第47回立命館宇治土曜講座

1月7日(土)、本校において、第47回立命館宇治土曜市民講座を開催いたしました。

今回は、「ガラス作家として生きる―表現して生きるということ―」と題し、硝子造形作家の奥島圭二先生にご講演いただきました。

まずは、解説とともに、数々の作品を映像で見せていただきました。奥島先生の作品は、硝子だけではなく、硝子に漆や箔を組み合わせたり、銀継ぎの技法を用いた独創的なものも多く、会場中が興味深く見入っていました。
続いて、そもそも硝子とは何かということで、結晶粒体を持たない故の透明性や、金属元素を添加することで得られる色彩など、身近にありながら、普段意識されないその特異性について説明された後、奥島先生が実際に用いている主な技法をご紹介いただきました。我々が硝子作品として想像する吹きガラスの技法ではなく、まずは粘土で原型をつくり、石膏などで型をとり、その型に溶かした硝子を流しかため、最後に研磨するという工程で作品を創られているのだそうです。
奥島先生にとって、作品を創り、「表現して生きること」とは、「普遍的な心理を求めること」であるといいます。そして、自身を内観し、自分とは何者なのか、何か大きな「全体の一部」であり、だからこそ生かされ、生きていける存在であること、そして表現すること―自分らしくあること―を「許されている」ことに感謝を感じているということでした。
奥島先生の好まれるモチーフとして、冬虫夏草といった、一見グロテスクでありながら、生物と植物との「命のつながり」を感じるものや、一滴の雫が湖全体へ還っていく水の波紋といったものに、それらを確かに感じることができます。
自身に向き合い、悩み、最後に「思考」を手放すことを繰り返しながら、ものを創っていくのが喜びであると語られる奥島先生ですが、今後も、そうして作品を創りながら、自分とは何か、心理とは何か、美と何かといったことを、硝子を通して求めていきたい、そして、その作品を通して多くの人と繋がることに、また喜びを感じると話を結ばれました。
人類とは7000年を超える縁だという硝子ですが、建材や日用品としてだけではない、アート作品の素材としての奥深い魅力に改めて引き込まれる思いがしました。

お寒い中、ご参加いただきました皆様、誠にありがとうございました。
来年度、開講10周年を迎えます立命館宇治中学校・高等学校土曜市民講座を、今後ともよろしくお願いいたします。



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