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2015年07月20日

フクシマから学び、フクシマを忘れずに伝えたい!
~2015年度フクシマ復興支援活動~

 「フクシマ原発事故での放射線が、東京にはフクシマほど飛び散らなくてよかった。日本が壊滅するところだった」~7月18日から20日まで、今年度の災害復興支援活動としてフクシマを訪問した「Beyond福島×京都」(本校のIM生を中心にしたフクシマ復興支援団体)の15名のメンバーに、ボランティアガイドの方が語られた言葉です。昨年末に続く今回の訪問は、フクシマの「過去・現在・未来」を考え、学ぶ、大変貴重な経験になりました。

 初日の18日は、南相馬市を訪問し、「奇跡の一本松」と小高区の街並みの現状を見学した後、平安時代に始まったという伝統的な相馬焼の陶芸体験や縄結いを経験しました。冒頭の言葉は、その後。被災経験者としての体験談をお聞きする中でお聞きした言葉です。この言葉は、人類史上でも未曽有の原発事故による多大な苦難を経験した人だからこそ語れる、優しさに満ちた愛にあふれる言葉だと受けとめました。

 2日目の19日は、福島市内に戻って、農産物などの放射線測定を実施しているNPO法人「ふくしま30年プロジェクト」の事務所を訪問し、実際にお米に含まれている放射線量の測定体験をしました。このような市民の手による自主的な運動が、風評被害を払拭し、市民の健康や安全を守るのに、重要な役割を果たしていることを学びました。午後からは、福島高校の生徒たちが結成しているBridge for Fukushimaのメンバーと交流し、「高校生が復興のために何が出来るのか」に関して熱い議論を繰り広げました。同世代の高校生が、自主的に復興支援活動に取り組み、日本と世界の未来のために「高校生が出来ること」を熱く語り合っていた姿に、希望を見出すことが出来ました。

 最終日の20日は、原発被害のために浪江町から避難されている方々が暮らす本宮市の「高木公園応急仮設住宅」を訪問し、茶話会やそうめん交流会、トランプマジックの披露やバトル、フルート演奏による「ふるさと」などの合唱を行いました。

原発事故の被害者の方々からは、「東京オリンピックの為の人手不足などで、2年後の仮設の退去期限までの復興公営住宅の建設は無理だろう」「安全神話を流していたのに、これだけの大事故を起こしながら、九州の川内原発を再稼働するというのは、被災者の神経を逆なでするものだ」「家族がバラバラになって震災前の生活を奪われ、これからもそのような状態が続くと考えると、将来がとても不安だ」「東西に長い浪江町が避難をめぐって3つに分断されて、悔しい」との声が、仮設住宅にお住まいの方から聞かれました。また、原発事故後に自宅が豚(猪豚)によって荒れ放題になっている現状を、わざわざ写真を持ってきて説明して下さった被災者の方もおられましたし、「ふるさと」の合唱では、涙ぐんでいた方もおられました。震災後4年以上も経過しているのに、そもそも「応急仮設」住宅が未だに存在しているのが、現在の日本の現状なのです。

 このように、フクシマの過去・現在・未来から学んだことは計り知れなく大きなものがあり、今後はフクシマの高校生とも連携を取りながら、「フクシマを学び、フクシマを忘れずに伝える」活動をさらに発展させていくことを、参加生徒は誓っています。

*生徒の感想*
・「上が何と言おうと、ここにいるのは私たちなんだから。」という震災当時から自分が生まれ育った町から遠く離れた仮設住宅に住んでいるおばあさんの姿が印象的だった。震災が起こって4年、瓦礫は撤去されつつあるかもしれない、野菜の放射線量は下がりつつあるかもしれない。しかし、誰がその被災者の失われた時間を返すことができるのだろう。仮設住宅で多くの人が口々に震災を機にどれだけ自分の生活が豹変したのかを話していた。そこには、復興のめどがたたないという不安と政府への憤りが手に取るように感じられた。過ぎた時間や失われたものは多い、本当の「復興」というものはそれらを取り戻すだけではなく、それ以上のものを作り上げることではないかということだけではないかということに気が付かされた。福島の力だけでは、もとの福島に戻るのは難しいのではと考えてから6か月、福島と京都、また世界を繋ぐことに努めてきた。今回の訪問では、現地の高校生との合同プロジェクトや伝統工芸体験など、前回からの思いを具現化する企画を進める、また未来への次のステップとなるものになったと思う。これからも、今回の福島訪問で聞くことができた貴重な思いを無駄にせず、将来につなげることに努めていきたい。

・私は、今回の災害復興支援活動を通して日本の災害意識の低さに気づきました。お話を聞いた人によると、原発事故当初、水蒸気が放出されたとメディアで報道されたにも関わらず、その後訂正で放射線が放出されていたことに福島県民は気づきました。それ時間差で逃げ遅れた人が被爆されました。また、津波でも、自分の家は流されないだろうという根拠のない理由で安心していた人が、津波の災害に会いました。このことが二度と起きないように、原発事故の影響や被害を風化させないように防災活動を学び、非常の際には実践できるように広めていこうと思いました。


・僕はこの三日間のいたる場面で、「知る」ことの大切さを感じました。この訪問の大きな目的の一つに、世界に福島の現状を伝えるために、まず僕たち自身が福島について深く理解する、というものがありました。その中で、これから活動を続けていくにあたって知らなければならないことをたくさん学びました。例えば、福島の人たちが本当に必要としているものについてです。実は津波の被害を大きく被ったのは福島県の中の一部で、ほかの大多数の地域の方々が必要としているのは、「福島県は放射能で汚染されている」という考えの改革、ひいては大幅に減少した観光客数を復活させることだったのです。これはこれからの活動方針に大きな影響を及ぼす事実です。これを知らないままに間違った支援をしていたかもしれないことを考えると、今回福島を訪問したことは僕たちにとって本当に大きな第一歩だったのだと強く感じられます。  

 僕は今回の3日間の訪問で、現在の福島に関しての「偏った情報」の多さに気づきました。まず、実際に汚染されたのは福島の中でも一部の地域だけなのに、福島全土に放射能の汚染があるというイメージを持つ人は多いと思います。これは、マスコミが放射能に汚染された地域のことばかり報道したからでしょう。同じ福島でも汚染されなかった地域の人々の声もしっかり届ければこういうことは起こらなかったはずです。また、汚染土の扱いについても情報は偏っています。汚染土をこれからどう保管するか、大規模な保管場所についての話はよく耳にしますが、今現在福島で汚染土がどう扱われているのか知っている人は少ないのではないでしょうか。実際には、汚染土は道端や空き地にビニール袋に詰められて放置されています。汚染土のすべてがしっかりと保管されているわけではないのです。今回の訪問では本当にたくさんの方から協力して頂きました。その方たちに少しでも恩返しをし、偏った情報を正していけるように頑張りたいと思います。

・私はこの3日間を通して、沢山の真実を実際に経験することで学ぶことができました。私は福島に足を運んだのは初めてだったので、テレビやメディアを通してしか福島について知る術がありませんでした。しかし今回、このような機会をもらい福島へ行くと、メディアでは伝えられていない背景を知ることができました。例を挙げると、放射能の測定の裏には地道な努力が重ねられていたこと、また仮設住宅に住んでいらっしゃる方からの話では、復興住宅が完成予定よりも遅れている要因は資材が不足しているわけではなく、人手が少ないことなど、メディアの裏には色んな真実や背景があるということを実感しました。福島の方々は、放射線量に脅かされて、故郷への哀愁があるが住めない・帰れないなどの私では計り知れないほどの経験をしてこられたのにも関わらず、みなさんとても前向きなところに元気をもらいました。4年以上前ではあるけれども、今でも1つの地震はたくさんの人に影響を与えていたことを改めて実感できた気がします。いつ起こるかわからないけれど、次に起こる大地震ではこの経験を活かせていけるように私もできることから始めようと思いました。

・私はこの三日間で震災の残した深い傷跡だけではなく、福島のみなさんの温かみを感じることができ、さらに直接福島に行くことで、いろんな体験談や、放射能についての新たな知識も学びました。かつては二万本の松が一本になり、住宅地が広がっていた場所が平地に変わる、津波の恐ろしさ、原発から20キロ圏内なのに正しい情報が回されていなく、子供たちが外で遊んでいたこと、体験談の一つ一つが私の心の中に驚きと伝えなければいけない使命感を与えてくれました。仮設住宅へ訪問したとき、ずっと笑っていたおばあさんが泣きだしてしまう場面にでくわしました。それは、みんなで故郷をうたっているときです。子供たちが無邪気に外で遊び、人々が笑いあい、そしてなにより自分の帰る場所がある故郷に帰れないという苦しみが痛烈に伝わってきました。同じ過ちを繰り返さないためにも私たちが真の情報の発信者として、たくさんの方に知ってもらえるように頑張っていきたいです。

南相馬市鹿島区の「奇跡の一本松」

南相馬市鹿島区の「奇跡の一本松」

小高区の津波で流され放置されている家屋



放射線測定実験の様子

放置されている除染土



放射線測定体験

福島高校の生徒のプレゼン



福島高校の生徒との記念撮影

本校の生徒のプレゼン



本校生徒によるフルートの演奏

仮設の方から頂いた見事なクラフト作品



そうめんをともにゆがく生徒たち

参加した生徒たち



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